第1回から第3回にわたって、マーケティングがさらにビジネス成長に貢献できること、そしてそのヒントを、財務・営業・トップマネジメントとの連携の観点からお伝えした。
最終回である本記事は、「顧客とマーケティング」。
今アドビが最も注力しているテーマ「顧客体験」を取り上げる。
ステークホルダー④ 顧客とマーケティング
今なぜ顧客体験なのか
アドビCEOのナラヤン氏は、ここ3年間にわたって「人は製品ではなく体験を買う」と主張している。今回のAdobe Summit 2020も同様に「顧客と顧客体験に対する感性」「人と体験を中心に据えた戦略」など、とにかく「顧客体験」の重要性が強く打ち出されている。
今なぜ「顧客体験」なのか、ただのバズワードで終わらせないためにも、我々B2B企業が置かれた環境について、まずは軽く触れておきたい。
● 製品やサービスのコモディティ化
アドビのダルトン氏は、Honeywell社とのセッション「B2B顧客体験:古きを捨て、新しきを得る」の冒頭で、顧客体験を重視する傾向が高まっていると述べ、その一因として、近年、B2Bのあらゆる業種において進行している製品やサービスのコモディティ化を挙げた。4Pで言えば、Price(価格)、Product(プロダクト)だけで競争優位性を維持することに限界が来ていることが挙げられる。
● B2Bバイヤーの期待値の向上
Honeywell社のカーコス氏によると、B2BはB2Cによって定義される。
B2Bに先んじてコモディティ化が進んだB2Cにおいては、顧客体験を向上させることで競争優位性を確立してきた企業も多い。
そして、これらの「より良い体験」が、消費者にとって当たり前になってきている。
一消費者でもあるB2Bバイヤーは、B2Bサプライヤーに対しても同等の期待を持つようになる、とカーコス氏は考えている。つまり、B2B体験の質は、B2C体験の質と比較されていると言えるだろう。
● 人は製品ではなく体験を買う
ナラヤン氏は、Adobe Summit 2018において次のメッセージを打ち出している。
「製品やサービスそのものは、もはや主要差別化要因ではない。むしろ会社は、顧客の心を掴むことで競争している。顧客のジャーニーのすべてのポイントで、彼らの期待を超えることを目指すべきだ」
B2Bにおいても、パーパスやブランドメッセージを外部向けに発信するようになってきた。
しかし、それらはただのブランディング活動で終わっていないだろうか?顧客に体験として届けられているだろうか?
つまり、
「進行するコモディティ化、および、上昇する顧客の期待値に伴い、売り物そのものは主要な差別化要素ではなくなってきている。そのため、バイヤージャーニーおよびカスタマージャーニーを含むEnd-to-Endのすべてのポイントにおいて、顧客が望む、またはそれ以上の体験を届けることを企業は目指すべきである」
が、アドビのメッセージと言える。
では、それを実現するには、何をすればよいのだろうか?
顧客体験変革に必要なDNA
アドビは、顧客体験マネジメント(CXM)を、「顧客とのやり取りだけに注目するものではなく、顧客を正しく理解し、どのチャネルにおいても顧客一人ひとりと最適なコミュニケーションが図れるよう、あらゆる側面から理解し管理・運営すること」と定義している。
そして、「顧客体験変革を実現するために、企業は組織内にあるサイロを一度壊し一つにすること、全組織の"インテリジェンス"への接続、そして、アクションを実現する"仕組み"づくり、に取り組む必要がある」とナラヤン氏は述べている。
また、「Adobe Summit 2020」では、多くの企業が実践すべき顧客体験変革に必要な手法として、新たにCXM Playbookをリリースした。
これは、顧客体験の変革に必要な環境が自社に備わっているかどうかを確認するためのツールであり、次の6要素から構成される。
- Digital First-デジタルファースト
- Customer Journey-カスタマージャーニー
- Data & Insights-データとインサイト
- Pervasive Commerce-パーベイシブコマース
- Scalable Content-スケーラブルコンテンツ
- Optimization & Personalization-最適化&パーソナライズ
上記が具体的にどのような内容を指しているか、Honeywell社の例を通じて見ていきたい。なお、「5. Scalable Content-スケーラブルコンテンツ」については特にセッション内で触れられていなかったため、本記事には含めない。詳しくは、こちらの記事をご参考いただきたい。
マーケティングを中心とした顧客体験変革 ~Honeywell社の事例~
フォーチュン100の1企業であるHoneywell社は、米国の航空宇宙局、国防総省、ボーイングなどに技術サービスやアビオニクスを提供している。1906年に設立し、現在11万人強の社員を抱える。
同社は7年間にわたって顧客体験DXに取り組んできたのだが、インテル社を経て2013年にジョインしたカーコス氏は、初回製品ローンチミーティングで、戸惑いを隠せなかったという。
「かねてよりマーケティング予算の8割が広報活動とイベント用に割り当てられていた。そのためか、当然ミーティングの質疑応答では、イベント、ペーパーカタログ、プレスリリースに関する質問ばかりで、デジタル先進企業出身者としては面食らってしまった」と、カーコス氏は当時を振り返る。
更には、200ものWebサイトが複数プラットフォーム上で運営されており、静的コンテンツで埋め尽くされていた。あるサイトはブランディングと製品検索用、それ以外のサイトで、発注やカスタマーサービスを提供する、といった具合に、顧客にとっては体験が分断されたアーキテクチャ設計となっていた。
「このままではいけない」と、カーコス氏らは顧客体験変革に挑んだ
これまでの7年間、Honeywell社がどのような取り組みをしてきたのかをCXM Playbookの6要素に当てはめながら見ていこう。
【Digital First-デジタルファースト】デジタルは事業戦略の核となり、経営トップがデジタルを理解し、その推進を支援している
紙ベース、イベント中心の活動を長期にわたって行っていた同社は、より少ないリソースでより多くのことを実行できるデジタル活動の割合を増やすことにコミットした。
それだけでなく、デジタル変革にはそれを推進するチームが要と判断し、人材採用においては、次の3点を見極めポイントとしている。
- 新しいことに挑戦する好奇心はあるか?
- 試行錯誤を繰り返すことを恐れず、成長に必要なリスクをとれるか?
- データドリブン型組織への変革に必要な数学の知識やデータ処理能力はあるか?
【Customer Journey-カスタマージャーニー】顧客中心にビジネスを捉え、より良い顧客体験の提供を通じて、ビジネス目標と直結した各KPIの最大化を目指している
Honeywell社は、オフラインとオンラインの双方で、顧客とのつながりの強化に取り組んでいる。デジタルでのジャーニーはどのようなものか、日常業務に合わせたコミュニケーションができているか、そして、どこで物理的プレゼンスを持つべきか(展示会/イベント/営業訪問)?など、あらゆるチャネルで顧客との親密な関係構築を図っている。
また、同社はコンサルティング型サービスを新たに導入し、顧客のニーズや課題を理解し、相談に乗ったり、ビジネス上のベストプラクティスを伝えたりする機会の提供を開始した。
ここで最も重要であり最も難しいのは、「どのような体験を顧客に届ければ、顧客が良い体験をしたと捉え、"かつ"、自社の売上にも貢献するか」を見極めることである。顧客のより良い体験のために年間1億円追加投入したにもかかわらず、長・短期での売上増加がほとんど見込めないのでは、持続性がない活動と言わざるを得ない。営利を目的として経営を行うからには、顧客の満足と自社の満足に相関性があることが重要である。
【Data & Insights-データとインサイト】データは民主化され、データから事業発展につながる考察が導き出され、これに基づき意思決定がなされている
同社は、これまでの「数を打てば当たる」という考え方をやめ、データを利用し、データに基づいた判断をするようになった。いつ・誰が・どのような情報を・どのチャネルで必要としているかを、過去のデータから分析することで、的確なターゲティングが可能になり、その結果、より効率的に確実な成果を収めている。
また、以前は新製品がリリースされるとWebサイトの構築はするものの「完成したら終わり」というプロジェクト型であった。それを、「製品は生き続ける」という考え方に移行したことで、製品ライフサイクルや、アナログとデジタルの双方から取得したVoC(顧客の声)などのインサイトを製品開発部門などの社内関連部署へ提供し、製品改良や改善につなげる、そして、その結果をWebサイトへも反映させる、というサイクルで運営するに至っている。
【Pervasive Commerce-パーベイシブコマース】深い顧客理解のもと顧客体験が設計され、データをもとに継続的に顧客体験が見直されている
航空宇宙業界でよくあるWebサイトは、価格が掲載されていなかったり写真がなかったりと情報が不十分なため、多くの場合は電話・メール・ファックスなどで検討~売買されることが多い。実際のところ、年間40億ドルの価値がある中古宇宙部品市場のオンライン取引率は2%にも満たないのが実情だ。
このような形態の売買が当たり前の中、Honeywell社がオンラインウェブショップやマーケットプレイスを立ち上げたことは、業界に新しい風を吹き込んだ。
顧客の利便性を考えればアマゾンでの出品も検討したが、注文書や請求書発行などのB2B顧客特有のニーズを配慮したところ、それらに対応できる別の仕組みを独自に導入するに至った。
【Optimization & Personalization-最適化&パーソナライズ】自動化やAIを活用し、効率的かつ効果的に、顧客一人ひとりに合わせた一貫性のある顧客体験が提供されている
Honeywell社は、自社が入手・管理できるデータに限定されることなく、さらなるパーソナライズのために、第三者から得られる一般公開データも使用し、コミュニケーションの最適化・パーソナライズを行っていくことを試行・検討中である。
例えば、規制の厳しい航空宇宙産業では、顧客の航空機の購入履歴や、最終修理日、航空機の飛行経路、海域、州、都市、運航傾向などの情報を行政含む第三者から入手することができる。
上記に併せて、経営層のソーシャルメディア上の投稿などもチェックし、パーソナライズに使用するという「Hyper-personal ABM=M:1」プロジェクトの本格運用も予定している。
パーパスの体現
前にも記したが、多くのB2B企業が、自社のブランドメッセージや、パーパスを公にも掲げるようになって久しい。しかし、それらパーパスを顧客が体感できているか、というとそうでもなさそうである。
では、Honeywell社はどうだろうか?ミッションステートメントを調べてみたところ以下であった。
"Honeywellでは、物理製品とソフトウェアソリューションを融合します。それによって、効率と生産性とコネクティビティを実現するために必要な情報と、人とビジネスをつなぎます"(Honeywell社Webサイトより一部抜粋・和訳)
前章で紹介した、同社のオンラインショップやマーケットプレイスの立ち上げなどの取り組みを振り返れば、ここに書かれたことはよく体現されているのではなかろうか。
Adobe Summit 2020のセッション「エクスペリエンス経済の革命」の中で、スピーカーであるP&G社のガリス氏は、
「百聞は一見に如かず。美味しいアップルパイについていつまでも語ることは可能だが、実際に自分の下で味わう体験には遠く及ばない」
と述べている。まったくもってその通りである。
B2Bにおける顧客とのコミュニケーションにおいても、言葉ばかりに頼りすぎていないかを見直し、「人」「プロセス」「テクノロジー」を活用することで、もっと顧客に「体験」を届けることを検討する必要があるのではなかろうか。
まとめ
全4回にわたってAdobe Summit 2020の見どころを紹介してきた。最後に各回を簡単に振り返り、本連載を締めくくりたい。
第1回「財務とマーケティングの連携」では、マーケティング部門がファイナンス思考を持ちアカウンタビリティを果たす、すなわち、ROIにコミットすることが組織全体として成功するために必要であることをお伝えした。
第2回「営業とマーケティングの連携」では、マーケティングが営業のアカウントプラント接続できていないことで起きる「3つの勿体ない」を紹介した。
第3回「トップマネジメントとマーケティングの連携」は、マーケティングオペレーション(MOPs)を定義し、MOPsがDXや顧客体験変革などの経営層が中期経営計画に掲げるような優先取り組み事項に貢献できるという話をした。
最終回の本記事では、CXM Playbookに定義された、顧客体験変革に必要となる6つの要素を、Honeywell社の事例を通じて展開した。
第1回目の冒頭で紹介したノーク氏の言葉にもあるとおり、デジタル時代のマーケティングリーダーには、ビジネス感覚、戦略的責任、顧客と顧客体験に対する感度が求められている。しかし、最初からどの企業にも「経営層と顧客が何を望んでいるのかを的確にとらえ、彼らの戦略パートナーとして組織成長に貢献する完璧なマーケティング部門」が存在するわけではない。
そのようなマーケティング部門を立ち上げ、継続的に成熟させること自体も、今後B2B企業が経営層レベルで取り組むべきことであろう。
ライター紹介
2BC株式会社
シニアクライアントサクセスマネージャー、グローバルマーケティングリサーチャー
モナール園子
英国ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの政治国際関係学部を経て、ビジネスマネジメント学部にて国際ビジネス、マーケティングを履修。商社にて海外拠点管理・営業経験を積み、英国、スイス、フランスにも駐在。駐在中24歳で海外発日本案件(ローカライズ・マッチング)を支援する企業を立ち上げる。日本市場で売上が伸び悩むクライアントを体系的かつ、経営レベルで変革・支援したいという思いから、2017年に2BC株式会社に参画。以降、ICT企業のクライアントが「売上成果」を出すための組織全体の営業戦略の策定と遂行支援、マーケティング、インサイドセールス、カスタマーサクセスなどの新組織立上げ支援、戦略とプロセスデザインなど、数々のプロジェクトに携わる。