2018年5月、経済産業省と特許庁は「デザイン経営宣言」という報告書を打ち出しました。
「デザイン経営」とは、デザイン的な思考を経営に活用し、企業のブランド力やイノベーション力を向上することで、国際的な競争力を高めていこうという考え方です。
デザイナーやクリエイターに求められる役割が多様化するいま、デザイナーはどのように経営に関わっていけばよいのでしょうか。
今回の記事では「デザイン経営」の基礎的な考え方と、これからのデザイナーに求められる役割やスキルについて、まとめていきたいと思います。
デザイン経営とは?
冒頭でご紹介した「デザイン経営宣言」は、経済産業省と特許庁が2017年に共同で立ち上げた「産業競争力とデザインを考える研究会」による提言をまとめたものです。
「デザイン経営宣言」では、日本企業の経営に「デザインの視点や思考を取り入れ、新たなイノベーションを生み出す力・国際競争力を高めよう」という考え方が表されました。
デザインの視点を取り入れた経営は、欧米の企業が先行しています。
たとえば、家電量販店の掃除機売り場。日本の家電メーカーの製品は、どの商品がどのメーカーのものかすぐに見分けがつきませんが、ダイソンの掃除機は一目でわかります。
同じく携帯電話売り場では、他のメーカーの携帯電話は見た目だけで見分けがつかなくとも、アップルのiPhoneは誰が見てもわかります
このように、世界にはデザインを重視した経営戦略で成功をおさめている企業がすでにあり、日本企業でも、デザイン的な視点で製品や事業の課題を改善し、国際競争力を高めるアプローチが必要とされはじめているのです。
デザイン経営の考え方
このような提言が出された背景には、日本、そして世界の産業の変化があります。
産業が成熟し、モノが売れない現代。製品やサービスを通して顧客一人ひとりが受けとる体験(UX, User Experience)の質が、ビジネスの成否を決める重要な要素になってきています。
顧客体験とは「ブランドやデザインが好みである」「読みやすい・わかりやすい」「サービス・対応がよい」「商品の質や満足度が高い」など、ユーザーが製品やサービスを通じて得られる体験のこと。
ユーザーに愛されるブランドや「使いやすさ」など、顧客体験の質を高めるためには、デザインの要素は重要です。
そのためデザイン経営では、人(ユーザー)を中心にとらえ、プロダクトデザイン・ブランドデザイン・ビジネスデザイン・UIなど、あらゆる切り口で、製品やサービスから得られる体験の質を高めることに力が注がれます。
このようなデザイン視点の課題の発見・解決を通して、革新的なイノベーションを生み出したり、経営の核となるブランドを構築したりすることが、デザイン経営の真の目的といえます。
デザイン経営の取り組み方
では、デザイン経営には、具体的にどのように取り組めばよいのでしょうか?冒頭にご紹介した「デザイン経営宣言」では、(1)経営チームにデザイン責任者がいること、(2)事業戦略構築の最上流からデザインが関与することの2点が必要条件として挙げられています。同宣言で提案される具体的な取り組み例を整理しました。
●「デザイン経営」のための具体的取り組み例
(1)デザイン責任者(CDO,CCO,CXO等)が経営チームへ参画する
デザインを企業戦略の中核に関連付け、デザインについて経営メンバーと密なコミュケーションを取る。
※CDO:Chief Design Officer, CCO:Chief Communication Officer, CXO:Chief Experience Officer
※エムタメ注釈:「チーフデザインオフィサー」は「デザインの最高責任者」というクリエイティブ領域の執行権限と責任をもつ経営幹部ポストのひとつ。比較的新しいポジションですが、2015年にジョナサン・アイブ氏がアップル社で初のCDOに就いたことで世界的に認知されました。
(2)事業戦略・製品・サービス開発の最上流からデザインが参画する
デザイナーが最上流から計画に参加する。
(3)「デザイン経営」の推進組織を設置する
組織図の重要な位置にデザイン部⾨を位置付け、社内横断でデザインを実施する。
(4)デザイン⼿法によって顧客の潜在ニーズを発⾒する
観察⼿法の導⼊により、顧客の潜在ニーズを発⾒する。
(5)アジャイル型開発プロセスを実施する
観察・仮説構築・試作・再仮説構築の反復により、質とスピードの両取りを行う。
(6)採⽤および⼈材を育成する
デザイン⼈材の採⽤を強化する。また、ビジネス⼈材やテクノロジー⼈材に対するデザイン⼿法の教育を行うことで、デザインマインドを向上させる。
(7)デザインの結果指標・プロセス指標の設計を工夫する
指標作成の難しいデザインについても、観察可能で⻑期的な企業価値を向上させるための指標策定を試みる。
※引用元:「デザイン経営」宣言 (一部リライト)
「高度デザイン人材」の育成
上記のように、デザイン経営に必要なプロセスを確認すると、デザイン人材に求められるスキルはこれまでのものとは大きく変わりつつあることがわかります。
現在、経済産業省は、デザイン経営を主導するスキルをもった「高度デザイン人材」の育成プロジェクトを推進しており、あらたな資格制度に発展する可能性もあるといわれています。同プロジェクトの研究会は、「高度デザイン人材」のモデルを「ビジネス・テクノロジー・デザイン(BTD)」の 3 領域のスキルを横断的に保有する人材ととらえており、これまでそれぞれ個別の人材に所属していたスキルが統合されることが必要と説いています。
●高度デザイン人材=BTD型のデザイン人材
※図の引用元:第1回高度デザイン人材育成研究会討議用資料
また、これらの人材が企業のなかで具体的にどのような役割を担い、どのような貢献を果たすのか?イメージを広げるため、BTD型高度デザイン人材の方向性が5つの分類に仮定されています。
高度デザイン人材の5つの分類(仮定)
1.サービスデザイナー
求められるスキル
・製品やサービスを含む全ての顧客体験を統合的にデザインする
・幅広い業務範囲や内容への対応
・人の持つ潜在的な課題や気持ちを捉える
※類似の職種:シニアUXデザイナー/デザインテクノロジストなど
2.ビジネスデザイナー
求められるスキル
・社内外のハブ/ファシリテーターの役割
・事業企画者としての企画力/課題解決力
※似の職種:デザインコンサルタントなど
3.ビジョンデザイナー
求められるスキル
・世の中の流れを俯瞰し未来を構想する能力
・ビジュアルでビジョンを示す能力
・既存の常識にとらわれず本質を捉える
※類似の職種:ソーシャル・アントレプレナーなど
4.デザインストラテジスト
求められるスキル
・クリエイティビティで事業課題を解決する
・事業収益/成長を生み出す
※類似の職種:チーフデザインオフィサー(CDO)など
5.デザインマネージャー
求められるスキル
・デザイン人材が創造的かつ主体的に活動・活躍できる組織や制度をデザインする
・デザイン主導組織をつくる
※類似の職種:デザインカタリストなど
【2020年4月更新】特許庁がデザイン経営の事例集を発表
2020年3月、特許庁はデザイン経営についてビジネスパーソンに気付きを得てもらうための「デザイン経営ハンドブック 」と、デザイン経営に取り組んでいる企業の事例を紹介する「デザイン経営の課題と解決事例 」を発表しました。これらは、これからデザイン経営にチャレンジしたいと考える人の疑問を解消し、実践するための参考となる情報が取りまとめられています。
●デザイン経営ハンドブック
「デザインにぴんとこないビジネスパーソンのための“デザイン経営”ハンドブック」と題し、「そもそもデザインシンキング(デザイン思考)とは何なのか?その意義と価値はどこにあるのか?なぜ、それがいま大事なのか?」に対する考え方や、デザイン経営を導入するにあたっての課題が考察されています。
【デザイン経営ハンドブック トピックス抜粋】
・デザイン経営・イン・ジャパン
・デザイン経営あるある
・デザインの価値をうまく伝える方法
・「KPIを立ててはいけない」
●デザイン経営の課題と解決事例
「デザイン経営の課題と解決事例」は、「デザイン経営ハンドブック」で取り上げられたデザイン経営を導入する際の8つの課題に対し、すでにデザイン経営に取り組んでいる企業がどのように課題を乗り越えようとしているか、その工夫が事例としてまとめられています。
「デザイン経営の課題」としてまとめられていますが、ここで取り上げられた8つの課題はその他の新しい事業や戦略を推進する際にも共通する課題と思われます。「新しい取り組み」に対して生じがちな課題に対する他社の工夫やアプローチが端的にまとめられているため、デザイナーに限らず、経営者やマネージャー、マーケティングや新規事業に取り組む人にとっても非常に参考になる内容です。
【デザイン経営の課題と解決事例 トピックス一例】
・デザイン経営導入時の8つの課題
-経営陣の理解不足
-全社的な意識の不統一
-用語・理解の不統一
-人材・人事
-効果を定量化できない
-組織体制・評価指標ができていない
-ビジネスとの両立
-既存プロセスへの組込
・ソリューション(解決)事例は「マインドセット(心構え)」と「アプローチ(活用方法)」に大別
・事例として紹介される企業:メルカリ、パナソニック、サイバーエージェント、ビズリーチ、貝印、TOTO、ソニー等
※参照元:経済産業省ニュースリリース
まとめ
今回の記事では、経営にデザインの視点を取り入れる「デザイン経営」の考え方と、今後需要が高まる「高度デザイン人材」に求められるスキルについてご紹介しました。
このように高度デザイン人材時代に求められる具体的なスキルを見ると、今後、デザイナーやクリエイターには、これまでのデザイン領域をはるかに超えた、組織マネジメント力、課題発見・解決力、マーケティング力など幅広い知識が求められることがわかります。
これは、マーケッターに求められる役割が多様化しているのとも似ており、従事する人にとっては幅広い領域のスキルをどのように習得していくべきか、悩ましい問題であることは間違いありません。
しかし、重要なのは時代が求める人材の傾向を理解し、自身に合ったやり方で、少しずつでもスキルを広げていくことです。今後、増加するであろう高度デザイン人材を育成するためのカリキュラムや情報交換の場、コミュニティや人脈の広がりをうまく活用し、時代に合ったスキルの習得をめざしましょう。